みなさまへ
老朽原発の危険性のひとつに挙げられる中性子照射による原子炉圧力容器の脆化について、「老朽原発40年廃炉訴訟市民の会」による名古屋地裁での訴訟原告の柴山恭子さんと裁判にも協力されている金属学の専門家の井野博満さんにオンライン学習会でお話いただきました。
アーカイブはこちら https://foejapan.org/issue/20221202/10480/
お話の内容をまとめたものを美浜の会ニュースに投稿しました。https://www.jca.apc.org/mihama/
以下はそれに一部加筆したものです。パブリックコメント投稿の参考にしていただければと思います。
PDFファイルは以下
http://kiseikanshi.main.jp/wp-content/uploads/2022/12/zeika.pdf
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老朽原発の危険性・中性子照射により圧力容器がもろくなる~予測に基づく監視に限界・規制委は合否に関わるデータの確認すらしていない
原子力規制を監視する市民の会 阪上 武
老朽原発の具体的な危険性のひとつに挙げられるのが、中性子照射によって原子炉圧力容器が脆(もろ)くなる現象である。冷却材喪失事故時の急冷により、脆くなった圧力容器のき裂が進み、高温高圧の蒸気が大量の放射能とともに放出されるという、想像しただけでも背筋が凍るような事故になりかねない。
名古屋地裁では、井野博満さんら市民側に立つ専門家の協力を得ながら、「老朽原発40年廃炉訴訟市民の会」により、老朽原発の廃炉を求める裁判が継続しており、この問題が重要な争点のひとつとなっている。この間、政府が原発の運転期間延長の動きを見せる中で、政府交渉やオンライン学習会を行ってきたが、名古屋訴訟の原告や弁護団、専門家にも参加いただき、問題点を指摘いただいたので紹介したい。浮かび上がってきたのが、規制委側で審査がまともに行われていない実態である。
中性子が照射されることにより圧力容器が脆くなる
原発の心臓部である原子炉圧力容器は鋼鉄製だが、そこに中性子があたり続けると、金属の原子の配置が変化し、金属特有の粘り(延性)が失われ、固くて脆(もろ)くなる。これが中性子照射による圧力容器の脆化と言われる現象だ。運転期間が長くなればなるほど中性子照射量が蓄積し、圧力容器はますます脆くなる。
脆化で心配されるのが、地震などにより配管が破断して冷却水が失われ、緊急炉心冷却装置(ECCS)を使わなければならない場合だ。圧力容器は300度を超える高温から一気に急冷され、脆くなった材料が耐え切れずに小さなき裂が進展し、貫通して破壊する恐れもある。「脆性破壊」と呼ばれる恐ろしい現象である。
監視試験片による予測に基づいた監視
こうした事態を避けるために、原子炉では監視試験片による監視が行われている。圧力容器と同じ材料でできた試験片を圧力容器内に入れ、定期的に取り出して破壊試験を行い、脆化の状況を確認するとともに、将来の脆化の程度を予測して確認を図ろうというものだ。
破壊試験には①シャルピー試験、②破壊靭性試験、③引っ張り試験の3種類があり、それぞれの試験のための試験片があらかじめ入れられている。本稿では①と②について問題を指摘する。
シャルピー試験による脆性遷移温度の予測
シャルピー試験は、取り出した試験片に重りを振り下ろしてぶつけるもので、その材料がどの温度まで下がったときに脆性破壊が生じうるのかを示す「脆性遷移温度」を評価する。予測式による将来予測も行う。脆性遷移温度は、新しい炉ではマイナス20度といった値になるのだが、高浜1号炉では40年目の試験結果から、60年運転時の予測した値が99度にまでなっている。
予測式は、JEAC4201-2007と呼ばれる電気協会による民間規格で定められたものだが、井野博満さんらは、信頼性はないと断言する。まず予測式は、異なる次元(単位)の項を足し合わせる形をしており、式の構造に問題があるという。また、実際の評価結果でも、30年目に行った60年運転時の予測値と40年目に行った60年運転時の予測値が合わず、より危険な側にずれているとも指摘する。指摘を受けた規制委は電気協会に対し規格の抜本的改訂を求める「特別指導文書」を出した。しかしいまだに改訂はされず、規制委は相変わらず従来の予測式を使い続けている。
破壊靭性試験による加圧熱衝撃評価
破壊靭性試験は、あらかじめき裂を入れた試験片について、き裂の両側を引っ張る試験を行い、き裂が進展するときの荷重の程度を測定するものだ。この結果をグラフ上にプロットし、①き裂に対し圧力容器の材料が耐えられる限界の力の大きさと、②炉内の温度・圧力条件により生じるき裂を進展させる力の大きさについて、それぞれ温度による状況を表した曲線を引く。劣化が進むと①の値が低下してグラフが右下にシフトする(材料が耐える力が低下してグラフは下方にシフトする:高温でもき裂が進むようになりグラフは右にシフトする)するが、二つのグラフが交差(デッドクロス)して①が②を下回る領域がある場合には不合格となる。これが加圧熱衝撃評価といわれるものだ。
監視試験片があまりに少なく評価に信頼性がない
破壊靭性試験についても井野さんや名古屋訴訟の原告らはさまざま問題点を指摘している。
(1)グラフ左上の①の曲線について、老朽化により高温でもき裂が進むようになり、グラフが右にもシフトするが、そのシフト量について、性格が全く異なるシャルピー試験の結果に基づく脆性遷移温度の変化が用いられている。最近の研究により、実際にはより大きくシフトさせなければならないことが明らかになっている。民間規格(JEAC4206-2007)の改訂が要求されており、検討が行われているが、審査では従来の規格に従った評価が行われている。
(2)そもそも試験片があまりに少ない。高浜1号炉の場合、破壊靭性試験用の監視試験片は母材と溶接金属の2種類あるが、8つのカプセルに各4体ずつしかない。関電はこれを10年ごとに取出して試験を行っているが、2種類を交互にしか取出していない。影響の大きい母材でみると20年おきにしか取出していないことになる。
(3)グラフ左上の①の曲線について、審査では試験結果のうち再下限値を引くやり方を採用しているが、データが極端に少ない場合は、それでは十分に安全な評価とはいえず、統計的手法をもちいたやり方が求められている。ここでも民間規格(JEAC4206-2007)の改訂が要求されており、検討が行われているが、審査では従来の規格に従った評価が行われている。
(4)電力会社は運転期間延長に備えて、破壊試験後の材料から非常に小さな試験片をつくり、原子炉に戻すことを検討しているが、それではますます信頼性が失われてしまう。
(5)加圧熱衝撃評価は、基準ではクラッド(原子炉容器のステンレス製内張り材)なしで行うことになっている。しかし、関電はクラッドありで評価し、規制委はそれで通してしまっている。また、関電の評価では沸騰が考慮されていない。これらを考慮すると「熱伝達率」が変化し、グラフ右下の②の曲線がより上方に変化する。そのため、名古屋訴訟の原告が行った評価ではデッドクロスとなることが示される。
規制側がまともに審査していない実態が明らかに
訴訟や政府交渉を通じて規制側の問題も明らかになっている。上記で指摘したように、予測式や評価手法に信頼性がないことが明確になり、一方で規格の改訂を要求しながら、審査では従来の規格をもちいてそのままで通している。さらに規制側は、破壊試験の原データや、加圧熱衝撃評価において合否を左右する「熱伝達率」について、審査において確認していないと断言している。事業者を信頼しているというのが理由だが、それでは審査の意味がない。老朽炉の運転延長など危険極まりない。重大事故を防ぐためにも廃炉にすべきだ。